戦前及び戦後直後までの志度地区の住居は、3形態に分類されることが知られている。漁村民家、町屋造りと農村部に見られる田の字型の住居である。 農家には、母屋の他に、納屋、木屋(薪の収納所)があり、大きな庭で農作業をした。豊かな農家の中には、屋敷内に蔵を持ち、何人かの奉公人をかかえる者もあった。門構えにして、奉公人を住まわせた所を長屋門と呼んでいた。堂々とした造りは、昔の富農の豊かさを彷彿とさせるに足る。 屋門は、現在も町内数ヶ所に残存している。 順路 前の施設(約150メートル) 庚申祠 長屋門(大井)(ながやもん(おおい)) 次の施設(約4.5キロメートル) 塞の神神社